女子 #日記

終わり方

理工学部4年  坂本帆南

日頃よりお世話になっております。
理工学部4年の坂本帆南です。

9月も半ばに入り、朝晩は少しずつ涼しさを感じるようになりました。ついこの間まで終わりが見えないほど暑かった夏も、気づけば過ぎ去ろうとしています。秋リーグが近づき、私たち4年生にとって残された時間も少しずつ数えられるようになってきました。

最近、身の回りのさまざまな「終わり」を意識することが増えました。近しい人との突然の別れや、友人の部活動引退、そして気づけば暑さが和らぎ、夏が終わろうとしていること。突然訪れるものも、あらかじめその時期が分かっているものも、いつの間にか過ぎていくものもあります。性質も重さもまったく異なりますが、そうした出来事が重なったことで、「終わる」とはどういうことなのかを考えるようになりました。

物事には、ある程度終わる時期が決まっているものがあります。部活動もその一つで、私たち4年生には引退する時期があります。一方で、そのときにどのような状態で終わるのかまで決めておくことはできません。理想の姿を描くことはできても、それが実現するかどうかは最後まで分かりません。

そう考えると、理想を掲げることの意味は、未来を決めることではなく、そこに近づくための現在の選択を決めることにあるのかもしれません。

個人であれば、できることは比較的分かりやすいです。日々の練習を怠らないこと、やるべきことをやること。当たり前のことを当たり前に積み重ねる。最後の一日だけで終わり方を変えることは難しくても、それまでの一日一日の過ごし方によって、思い描く姿に近づく可能性は変えられます。

ただ、チームの場合はもう少し複雑です。
Team2026が秋季リーグの先に描く最高の終わり方は、3部昇格です。ただし、うまくなりたい、強くなりたい、勝ちたいという思いは共通していても、そこに至るまでの最善の道筋まで全員が同じとは限りません。
立場やポジション、これまで経験してきたバレー、受けてきた指導が違えば、見えている課題も、必要だと考えることも違います。同じチームを見ていても、ある人には見えていて、別の人には見えていないものがあります。

さらに難しいのは、どの考えが正しかったのかを事前に確かめることができないことです。結果が出て初めて分かることも多く、結果が出たとしても、一つの選択だけを切り取って正解だったと言い切れるとは限りません。
だからこそ、一人ひとりが異なる考えを持っていることには意味があるのだと思います。

最近は、学年や立場にかかわらず、さまざまな人が意見を出しながらチームを支えてくれています。それぞれが自分の見えているものを言葉にしてくれることで、一人では持ち得なかった視点がチームに加わっていきます。それだけ多くの人がこのチームを自分事として考え、より良くしようとしてくれていることを、とてもありがたく感じています。

意見を一つにすることと、目指すものを一つにすることは、必ずしも同じではありません。
考え方が違っていても、3部昇格という目指す先は変わりません。異なる考えを持ち寄ることで選択肢を増やし、その中から今のチームにとってより良いものを選び続ける。全員の知恵や経験を使いながら、その時々の最善を探していくことが、目指す姿に近づく可能性を高めるのだと思います。

終わりの姿は、最後まで決めることができません。それでも、そこに至るまでの選択はできます。

春季リーグでの口惜しさを糧に、ここまで練習を重ねてきました。まもなく迎える秋季リーグでは、春から積み上げてきたものを存分に発揮し、一戦一戦、目の前の勝利を積み重ねていきたいと思います。

そしてリーグが終わるとき、全員で描いてきた「3部昇格」という最高の終わり方にたどり着けるように。最後まで全員でチームとしての正解を探し、選び、積み重ねていきます。

引き続き、ご指導、ご声援のほどよろしくお願いいたします。

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