男子

ガンギマリにアリーヴェデルチ

文学部3年  玉島 弘之

日頃よりお世話になっております。文学部3年、OHを務めております玉島弘之と申します。
早くも夏本番と思わせる気候が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
最近の私のApple Musicは早くもサザンと桑田佳祐に浸食されつつあります。

私は人が書いた文章を読むのが好きです。文章をさらに最小化した言葉は人を表すと私は考えています。小説を読めば絵がなくてもその表現だけであたかもその世界に立って冒険することができ、活動日誌を読めば書いた人の見えない思考や内面、バックグラウンドさえも感じ取ることができます。そういった意味でも私はどんな内容であれ、部員の日誌を読むのを楽しみにしています。

先日、言葉について考える機会がありました。それは賢治(経3)、清水(総3)と同期MTGを行ったときのことです。目的はお互いに「嫌なことを指摘しあえる関係をつくる」ということで、そのスタートとしてお互いのいいところと課題を言い合ってみるというMTGでした。その時、清水からは良いところとして「熱意とモチベーションをもってプレー、リーダーシップが取れる事」、賢治からは「自分の発言の影響力に対しての改善幅が小さい事」という課題を言ってもらいました。この時、相手に自分の意思とは違った方向性で物事が伝わっていることに気付きました。また、私の変わろうとしている姿勢を周りに上手く伝えられていないとも感じました。それは熱意をもって言った発言がかえって相手に対しては棘をもって、あるいはプレッシャーがあるように聞こえてしまっているということです。前述したように言葉は人を表すと考えている私が、かえって自分の振りまく言葉によって雰囲気を固くしているのではないかと皮肉にも感じました。

「俺がやる」をモットーにチーム山口が始動してからというもの、私は自分がチームに活気をもたらし、声を出さなくてはと考えていました。というのも、チームには相手の課題がわかっているにもかかわらず指摘しない、あるいは面と向かっては言わず裏で言うといった雰囲気が少なからずあったからです。そのため、自分が率先して周りを見て仲間のために指摘を行わなくてはならないと勝手に義務感を背負っていたことも否めません。また、リーグ期間に入るとBチームや1年生のレベルアップには手が届きにくくなります。だからこそ、Bのみんなや1年生には自分からアクションを起こしていこうと考えていました。AとBでもやることは同じだから、同じレベルをしっかり要求する必要があると。それはAとB双方とコミュニケーションが取れる自分が当事者としてやるべきだと思っていました。しかし、この時の伝え方まで思考をめぐらせることができていなかったのが私の未熟な点でしょう。また、相手がどの段階にいるかということにも視野が及んでいませんでした。熱意だけが先行し、その表現に至るまでのクールさがなかったようにも思えます。

5月にLEAP(慶應体育会向けのリーダーシップ講習会)に参加させていただいたとき、熊谷講師(商4)がコミュニケーションについて以下のようなことをおっしゃっていました。「コミュニケーションとは相手に何を話したかではなく、何を理解させたかである」と。そして「動機づけとは何を理解させたかではなく、何を感じさせたかである」と。これを聞いたとき、コミュニケーションとは同時に動機づけであると感じました。相手のいい点を見つけ、その向上心を高めることはもちろん、課題点を指摘しあい、その解決に自発的に進ませること。その点においては、コミュニケーションにおける理解をゴールとして、その過程に動機づけがあるのではないかと思います。例えば、何かのスペシャリストに教えを乞う場合、アマチュアに学ぶよりも理解が著しく進むでしょう。それは、話者が話す前から受け取り手の感じ方が決定されているからではないでしょうか。つまり、感じ方が理解の成果に影響を及ぼしているという事です。すなわち、バレーのコミュニケーションにおいても伝え方が悪ければ「またあの人なんか言ってるよ」となってしまい、本質的に理解してほしい思いが伝わりづらくなるということです。こうした理解のもと、私は自分の熱意を適切に周りに伝播させるために、自分の言葉に対する感じ方まで視野を広げ、変えなければならないと感じたのです。この活動日誌は、変化を起こそうとしているという志をあえて文字に起こし、表明しているということでもあります。

その一方で、コミュニケーションには受け取り手側の努力が不可欠だともこの春リーグで学ぶことができました。チームが不利な戦況に陥ったとき、松田(商2)や今田(政3)をはじめたメンバーは絶えずコート内で声を出し続けていました。しかし、それに対してコート内のメンバー全員がリアクションしていないのが課題ということが試合後の振り返りにあったと記憶しています。グモさん(宗雲監督が監督と呼ばれることを好んでいないため、この書き方で。)が以前言っていたように、仲間が投げかける叱咤激励は何も相手を批判しているわけではないと理解していなければ、指摘しあえるよりよい信頼関係は生まれていきません。(選手に限らず)コミュニケーションはその直訳にもあるように「相互」伝達であり、相手の声掛けに受け手が答えるところまで、なのだと思います。私は「話す」「聞く」の両面でグレートになってやろうと思います。

最後に、春リーグを一部昇格という望ましい結果で終えることができました。そして、はるばる高坂まで応援に来てくださった保護者の皆様、OB・OGの皆様、ファンの皆様にあらためて感謝申し上げます。秋リーグでも勝利を重ね、関東一部定着という目標を達成すべく精進してまいります。今後とも応援のほどよろしくお願いいたします。

長くなりましたが、読んでくださりありがとうございました。
これにて失礼いたします。

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