女子 #日記

「チーム」になるということ

法学部法律学科2年  大澤摩佑子

日頃よりお世話になっております。
法学部法律学科2年大澤摩佑子です。

春季リーグの最終成績が確定いたしました。
通算成績1勝10敗により、3部11位で4部降格となります。
改めまして会場に足を運んでくださった皆様、インスタライブから温かい声援を送ってくださった皆様、そしてTeam2026が始動してから関わってくださったすべての方に、心より感謝申し上げます。

このリーグ期間までの月日は、振り返ると本当に長い長いものでした。代替わりをして一からまたチームを作り直して、この3部という高い舞台で戦える状態にしなければならない中で、各々が口に出せない苦しさや悔しさ、責任を感じながら、それでもチームのために自分がどうするべきかを考えながら、ずっと努力をしてきたことに間違いはありません。この長い間、沢山の方法を模索しながら、そして多くの方々の支えをいただきながら、努力し、成長してきたことにも変わりはありません。
けれど今季のリーグを終えた今、自分たちが目指していた、全員が満足できるような、本当の「チーム」になれたか、その一員として自分が十分だったかと言われれば、そうだったと言うことがまだできません。沢山の方々に支えてもらってきて、全員で真剣に取り組んできたつもりだからこそ、余計に今の結果にはどうしてもやりきれない悔しさを感じ、自分自身には何度も失望しました。

今回残り続けることができなかった3部の舞台ですが、その世界をしっかり自分たちの目で見て、感じることができたというのは、チームの大きな財産であると感じます。というより、この経験を絶対に財産にして糧にしなければなりません。試合に出た人も、出なかった人もです。それが3部で戦えたことの意義であると思います。私は今回3部の完成された「チーム」をたくさん間近で見る中で、今の自分たちには大きく足りないものがあると痛感しました。
それは、チームとして成り立ち結果を出していく上で欠かせない、「2つの信頼」であると考えます。

まず1つ目は「心の信頼」です。
これを一番強く感じたのは、ある他校同士の試合を見ていたときです。両チームが20点台で競りに競り合う緊迫した場面でした。ある1人がラリーの中で盛大な凡ミスをしたその瞬間、全く関係のない私ですら思わず息を呑む中、コート内外にいる味方全員が笑いながら崩れ落ちていたのです。
言葉で表すのは難しいですが、そこには確かに仲間同士の絶対的な信頼があったように見えました。決してヘラヘラしているわけではありません、ちゃんと勝ちたいはずの大事な試合です。でもそんな状況の中、周囲からミスをした人に対する落胆や苛立ちの眼差しはなく、ミスした人から周囲への萎縮や焦りの空気も感じられませんでした。心の底からみんなが味方だという雰囲気がありました。
これはきっと、日頃からその人が真摯に取り組む、信頼の置ける人だということを皆が知っていたからだと思います。そしてその人も、皆が自分に対して信頼しているということを理解していたからだと思います。別に、皆で笑って崩れ落ちなければ信頼感がないチームというわけではありません。「ごめんなさい」の空気を強く出さずともそれが伝わり、何事もなかったかのように次に切り替えることができる、切り替える努力ができる、そしてその関係を築けるほどお互いがお互いと日頃から意思疎通を取っていて、お互いの考えていることの大枠でも理解できるレベルに達せている、これこそが心の信頼感のある「チーム」の形ではないかと感じました。
日頃から意思疎通の取れない相手、またはどのようにどれくらい頑張っているのかを知り得ない相手に対して、心から応援したり、信頼することはできません。この「心の信頼」をチーム内で得るためには、全員が日頃から真摯に取り組むことはもちろん、お互いがお互いと意思疎通を取る努力をすること、そしてお互いのことをしっかりと見ている努力をすることが欠かせません。その努力をし合う両者がいて初めて、そこに信頼が生まれるはずです。

そして2つ目は「技術の信頼」です。
信頼というと、1つ目の方の信頼にスポットライトが当たりがちですが、バレーという競技で相手のチームと戦う以上、自コート内での技術の信頼は欠かせません。日々努力をしていても、そこに技術という結果が伴わなければ仲間から「技術の信頼」を得ることはできません。これはもう、リーグまでの長い準備期間やリーグの期間を経て、自分でも痛いほど理解しています。もちろん頑張る気持ちがないというのは論外です。けれどそもそも頑張っていない人など、この部活にはきっといないはずです。
一生懸命やってきたはずなのに、それに技術という結果が十分に伴わない、自分の目指していた成果を出すことができない、それ故に他人に認めてもらえない、どうしようもなく悔しいことです。自分は今チームにとって存在価値があるのか、何のために頑張ってきたのか、分からなくなる瞬間もあります。けれどそんな中、私の履修しているパフォーマンス心理学という体育学講義で、ある興味深いことを教わりました。
チームが能力を向上させ「結果を出す」ために一番設定すべき目標は、それぞれが「自分の能力が向上することを目指すこと」だそうです。「勝つためにチームを第一に考えること」ではないのか、と自分の中では少し衝撃でした。ではない、と言うと少し語弊があるかもしれません。もちろん、チームのために自分が行動したり我慢したりしなくてはならない場面は絶対にあります。それを自分勝手にしろというのではありません。その行動や我慢もすごい努力であるし、必要です。全員がチームのために動く気持ちがないと、チームとして上手くいくわけがありません。ただその大前提の上で、そこにもし、誰かのために遠慮してやろう、自分はもう支える側に回ろう、という弱気や一種の諦めから来る「チームを第一に考える」があるのだとしたら、それはチームを強くすることを阻んでいるかもしれません。本来そこで生みたいはずの、お互いを高め合うための競争の機会を、自分の手で失くしてしまっているのかもしれません。
自分がうまくいかないときに「自分はチームのために何ができるのだろう」と考えてしまえばしまうほど、きっと「チームのために尽くす行動」にばかり縛られてしまいます。けれど本来は、プレーヤーならば、チームのための行動を取らなければならないときでも、同時に心の中では「自分が上手くなること」を常に目指し続ける必要があるのだと思います。そしてその意志は、ただ自分が満足してやるためだけでなく、チームが「勝ち」を目指すために結局必要だということです。そう考えると、自分の技術を上げること、上げようとすることの重要性がより強く理解できると思います。またこれは、自身が挫けそうになったときに再び頑張るための、大きな原動力にもなります。
そしてその先では、実際に技術を伸ばすことが必要です。もし長い間、一生懸命やっていて伸び悩んでいるならば、その頑張り方自体に改善の必要があるのかもしれません。自分のやり方や決められた一つのやり方を過信することなく、よく振り返りながら、他者に助言を求められること、そして他者に助言ができること、それこそがまたチームで勝つということであり、お互いに高め合えるチームの姿であると思います。
各々が技術を上げる必要性を理解し、上げるための努力を惜しまないこと、ただがむしゃらにやるだけでなく、しっかり考えて、伝えて、聞き入れて、引退までの限られた時間の中で何をしていくべきか、今自分たちが必要としている成長の仕方を選択し、その上で「頑張る」をしていくことこそ、自分や互いを高め合い、「技術の信頼」を獲得し合うことに繋がるのだと信じています。

これらの2つの信頼は、どちらも獲得することで初めて本当に完成された「チーム」になるのだと思います。自分に今どちらかが足りないのであれば、それを大切にしながらもう一方への努力も怠らず、どちらの信頼も足りていないのであれば、他の人より一層死ぬ気で獲得していかなければなりません。そしてそれは、自身の成長にもチームの成長にも繋がるはずです。
そんなチームになることが私の理想であり、その一員だと胸を張って言える自分になることが目標です。

長文、乱文失礼いたしました。

コメントはこちらから

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このページをシェアする

当サイトは、以下のWebブラウザでご覧いただくことを推奨いたします。
推奨環境以外でのご利用や、推奨環境であっても設定によっては、ご利用できない場合や正しく表示されない場合がございます。
セキュリティを向上させるため、またウェブサイトを快適に閲覧するため、お使いのブラウザを最新版に更新してご覧ください。
このままご覧いただく方は、「閉じる」ボタンをクリックしてください。

閉じる