皆様、初めまして。
今年度より慶應義塾体育会バレーボール部に入部いたしました、法学部1年の清水周(しみずあまね)と申します。東京学芸大学附属高等学校出身、ポジションはアウトサイドヒッター(OH)を務めております。
この場をお借りして、ご挨拶と自己紹介をさせていただきます。
私のバレーボール人生は、中学校入学時に同期の勝又勝吾(経1)と出会ったことに始まります。彼に誘われ、門を叩いたことが全てのきっかけでした。しかし当時はコロナ禍の全盛期であり、国立の中学校という環境も相まって活動は大きく制限され、満足に打ち込むことが叶いませんでした。最後はブロック大会にて、当時全国3位の強豪校を前に為す術もなく敗北し、不完全燃焼のまま引退を迎えました。
「もっとバレーボールがしたい」という渇望を胸に、高校でもバレーボール部へ入部いたしました。しかし、そこからの日々は決して平坦なものではありませんでした。個人の競技に対する姿勢と、校風や周囲の意識が噛み合わず、葛藤する日々が続きました。同期たちが一人、また一人と部を去り、高校2年生の秋には、同期が私一人だけという状況に陥りました。母校の多様性を尊重しつつも、そこから引退までの8ヶ月間は、正直に申し上げれば苦痛の連続でした。私1人に対し、後輩は20名以上。チームマネジメントを担う主将、事務を司る部長、そしてたった1人の3年生エースという全ての重責を一人で背負うプレッシャーは、筆舌に尽くしがたいものでした。チームスポーツの究極形であるはずのバレーボールを「一人で頑張る」という矛盾。努力すればするほど心が磨り減る感覚に、何度も押し潰されそうになりました。
それでも私がコートに立ち続けた原動力は、バレーボールへの純粋な愛と、私を信じてついてきてくれる20名の後輩たちへの使命感でした。春合宿を経て段々とチームが一体となり迎えた最後のインターハイ予選でしたが、結果は一回戦敗退。悔しさは残りましたが、たった一人の最上級生を支え続けてくれた後輩、マネージャー、そして顧問の先生方への感謝は、今も私の心に深く刻まれています。
私のこれまでの歩みは、光よりも影、楽しい時間よりも苦しい時間の方が長かったかもしれません。しかし、だからこそ私は「まだやり残したことがある」と確信しています。勉学を重んじながら、バレーボールを極限まで追求できる理想の場所。それが、慶應義塾体育会バレーボール部でした。幸運にもご縁をいただき、今この場所に立てる喜びを噛み締めております。
これからの4年間、これまで以上の困難に直面することもあるかと存じますが、宗雲監督をはじめ、先輩方、保護者の皆様、そして切磋琢磨できる頼もしい同期への感謝を絶やさず、慶應義塾の勝利に貢献すべく精進してまいります。
若輩者ではございますが、一意専心努力してまいる所存です。今後ともご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
長文、乱文となりましたが最後までお読みいただきありがとうございました。