先日入部いたしました、経済学部1年の三穂野円花(みほのまどか)と申します。
涼しい風が湿気を帯びた風になり、木々が新緑に色づいていく季節に確かな夏の歩みを実感する今日この頃、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
まず初めに、今週末行われた春季リーグ第8戦の結果をご報告いたします。
5月10日(日)vs桐蔭横浜大学 セットカウント0-3で本塾の敗戦
①16 – 25 ②23 – 25 ③17 – 25
通算0勝8敗となります。
初めてのブログ更新のため、この場をお借りして自己紹介をさせていただきます。
私がバレーボールに出会ったのは小学校五年生の春、元バレーボール部の母の影響を受けバレーボール部に入部したときです。そこから小学校で2年間、中学校で三年間バレーボールに奮闘する毎日を送っていました。小学生時代のバレーボールはローテーションもなく思い返すとあれはバレーボールだったのかと疑問を抱くものでしたが、明確なルールが少ない分とても自由度の高い自分たちらしいバレーボールを楽しむことができました。
その後中学校に入学してからも迷うことなくバレーボール部に入部しました。週に一回だった練習は週五回になり、私の日々はより一層バレーボール一色に染まっていきました。最高学年になってからは全体のミーティングに加え、各部員と一対一で話し合いを重ね、より強固なチームづくりに同期の仲間たちと共に奮闘しました。壁にぶつかることも多々ありましたが、この経験のおかげで“バレーボールは一人ではできない、仲間がいるからこそできるスポーツである“というバレーボールが持つ一番の魅力を強く再認識することができました。そんな三年間の最後は惜しくも目標の順位には達しませんでしたが、できること全てを出し切った気持ちのいい試合で締めくくることができました。
しかし高校一年生の春、私は女子バレーボール部に入部するかどうかとても悩みました。中学生まではブロックは一枚で十分だったことから、身長が低い私が前衛ライトのときはミドルにライトブロックを任せてフェイントカバーに入ることで誤魔化していましたが、高校のレベルでそんな誤魔化しは通用しないとわかっていたからです。セッターであること、サービスエースをとること、チームに貢献することにプライドがあった私はリベロになることも、セッターを続けやがてブロックの穴になってしまうことも受け止められず、プレイヤーになる道を諦めました。しかしバレーボールを好きな気持ちは誤魔化せなかった結果、男子バレーボール部にマネージャーという形で入部しました。
私が通っていた学校は、中高一貫校にも関わらず男子バレーボール部は高等部にしか設置されていませんでした。そのためほとんどの人が未経験者だった一方で試合で対戦する相手はほとんどが中学からの経験者でした。それでも選手たちはそんなハンデを気にもせず一回でも多く勝つため、時にぶつかりながらもバレーボールに向き合い、一生懸命練習に取り組み続けていました。そんな彼らの姿を近くで見ていると、“バレーボールをしたい“という気持ちが強く蘇り体育会女子バレーボール部への入部を決意しました。
これまで私のバレーボール人生に携わってくださった全ての方へ、またこれから携わってくださる全ての方々への感謝とバレーを楽しむ気持ちを忘れず、チームに少しでも多く貢献できるよう日々精進して参りますのでどうぞよろしくお願いいたします。
長文、乱文失礼いたしました。
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