男子

代わりはいくらでもいる!

法学部法律学科2年  山田 香凜

満開になったかと思われた桜が、ひらひらと舞い落ち始めておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。法学部法律学科2年、渉外副務の山田香凜と申します。

さて、今回は、私が一番長く続けていたクラシックバレエの習い事で得た教訓について書きたいと思います。
私は3歳から約10年間、週3〜4回ほどバレエ教室に通っていました。最初は屈伸運動のような振り付けばかりで、ただ楽しく踊っているだけでしたが、年齢が上がるにつれてクラスのレベルも上がり、毎年の発表会に向けてそれなりに努力していたと思います。
小学校高学年になると、通っていた教室が所属するバレエ団の公演に出演する機会があり、役決めのためにオーディションが行われていました。その場で初見の振り付けを覚え、たくさんの大人に囲まれて披露するのですが、自分の教室では習っていないステップがあり、分からないまま本番を迎えた結果、逆回転してしまった瞬間の絶望感は今でも忘れられません。5人で並んで同じ振り付けを踊っているはずなのに、隣の子とばっちり目が合い、自分が落ちたことを確信しました。
しかし、オーディションの結果、私は中学生が多くいるハイレベルなグループへの配属が決まりました。自分でも全く意味が分かりませんでしたが、後から聞いた話によると、ミスをしても笑顔で踊り続けた精神力と、その後ミスを引きずることなく踊り切ったリカバリー能力が評価されていたそうです。最後まで諦めない力がいかに大事かが分かりますね。
「代わりはいくらでもいる!」というのは、このオーディションで決まった役のレッスンの際に先生から怒鳴られた一言です。(記憶が定かではありませんが、おそらくこの時だったと思います。)どんなに疲れていても、指先足先まで神経を行き届かせて踊り続けなければならない。なぜなら、お客様はお金を払い、自分の時間を使って私たちを見に来てくださっているからです。
そんなことは頭では分かっていても、ヘトヘトのなか「代わりはいくらでもいるよ!」と言われた時、当時の私は「じゃあ、その代わりの人がやってくれればいいのに」と咄嗟に思ってしまいました。
しかし、レッスンが終わり、帰りの電車で、なぜ先生がそんなことを言ったのかをよく考えた時、はっとさせられたのです。正直、グループの中では最年少で、私が下手なのは周知の事実でした。それでも、オーディションという審査によって選ばれてここにいるのなら、自分の未熟さに甘えず、もらった役の責任を果たさなければいけませんでした。代わりがいることに危機感を覚え、自ら勝ち取ったものを掴んで離さないための努力が足りていない。先生はそう言いたかったのだと思います。それに気づいた時、私はレッスンにもっと必死に取り組むようになりました。
私はこの「代わりはいくらでもいる」という言葉を、「驕らず、自分に与えられた場所に感謝し、すべきことを全うする」という教訓として、今日まで持ち続けています。意外にも様々な状況に応用できる考え方で、なんだか最近気が緩んでいるなと感じると、自然とこの言葉が脳裏に浮かび上がってきます。
バレーボールやスポーツ全般に当てはめるとスタメンであることやメンバーに選ばれることに対してかもしれませんし、今の私に当てはめて考えるならば、渉外という役割に対して言えるでしょう。
また、この教訓は、現在チームで掲げているスローガンである「俺がやる」という言葉にも通じています。代わりがきくとしても、自分がその役割を担うという当事者意識を持つことで、自らをより奮い立たせることができると感じています。

私にとってバレエを習っていた10年間は、辛いことの方が多く、レッスンに行きたくなくて道で座り込んでしまい、母を困らせたことも何度かありました。それでも今振り返ってみると、精神的な面でかなり私を強くしてくれた、成長の場でした。どんなことがあっても、「あの時はもっと辛かった。でも過去の自分は乗り越えられた」と思える経験は、私にとってかけがえのないものです。未熟だった私を成長させてくれた、バレエ教室の先生方と学校の荷物を持ち帰ってくれていた母には感謝しかありません。

乱文失礼いたしました。

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