【活動日誌】回り道(経4・松川将大)

お世話になっております。本年度、中等部コーチ兼選手を務めました、松川将大です。
先日の引退と共に学ラン生活からも解放され、今度は私服選びに悩まされる日々が始まりました。朝鏡の前で格闘する日々、自身のファッションセンスに絶望、「ああ、またあの学ランに袖を通したい」と過去を羨む自分が出てきております。

さて、この度が最後の活動日誌となりました。まずは、OB、OG、関係者の皆さま、4年間誠にありがとうございました。そして途中入部だった私を受け入れてくださり、また中等部コーチという立場で入部しながら選手への転向をお許し頂きまして、宗雲前監督、星谷監督、池野谷コーチ、部員の皆さんには感謝しかありません。温かく迎え入れて下さりありがとうございました。大学入学当初、多摩川の河川敷で朝から晩までフリスビーを投げていた私からは、4年後に塾バレー部の一員として卒業を迎えていることはとても想像できませんでした。この最後の日誌にて、塾バレー部での4年間を振り返ると共に、仲間たちへの感謝を述べさせて頂きたく存じます。思いがあふれ、長文かつ乱文となることが容易に想像されるのですが、ご容赦頂けますと幸いです。

この4年間を振り返る中で真っ先に思い返されたのは、入部のきっかけとなった出来事でした。それは2018年6月10日、川崎市とどろきアリーナにて行われた第82回早慶戦です。当時、私は所属していたアルティメットサークルの練習が雨天中止になったこともあり、会場へ足を運ばせて頂きました。試合内容も、慶應は負傷者多数ながら早稲田相手にフルセットの激闘を演じるという、一瞬たりとも目が離せない緊迫した試合展開でした。
そして何よりも、早慶戦という大舞台で躍動する高校同期の加藤のプレーが、私の心を奮い立たせてくれました。早稲田すら圧倒する加藤のスパイクに、高校時代こんなに素晴らしい選手とバレーが出来ていたのかと誇らしささえ感じました。しかし、同時に激しい虚無感に襲われたことも覚えております。「何故、俺は今バレーをやっていないんだ」、重く心にのしかかる感情がそこにありました。
当時の私は、高校バレーの借りを返したい、その一心でアルティメットという別競技に打ち込んでおりました。バレーボールからは目を背けていました。しかし、高校同期の加藤、勝呂、濱本の3人は高校バレーの借りを返すべく、大学バレーの舞台で戦っていました。そんな彼らが眩しくて仕方ありませんでした。彼らが私にバレーボールへの情熱を思い出させてくれました。
あの日、大雨のお陰で早慶戦に行けたこと、そして仲間たちが私をバレーボールの世界に引き戻してくれたことに感謝しております。以降3年間は中等部コーチとしてバレーボールに携わらせて頂きました。

また、大学4年の夏からは選手として活動させて頂きました。8月21日から始まった4か月間は、まさに夢のような時間となりました。高校3年時の春高予選で止まっていたバレーボール選手としての私の時間が、4年という時を経て動き出した、そのような感覚でした。目の前のボールを必死に追いかけ、全力の声で仲間を鼓舞し、自身を奮い立たせ、トスを呼ぶ、そんなバレーボールの当たり前のプレーが、楽しくて仕方ありませんでした。
4か月間で私が決めたスパイクの本数は2桁にも満たないと思うのですが、そんな私にもトスを上げ続けてくれた舜、晟己、そして秋季リーグでもトスを上げてくれた真古都には感謝しかありません。有難う。捺暉、郁真、将吾、航希にはバレーのことで何度も質問しました。先が無い私に対しても嫌な顔一つせず相談に乗ってくれ、皆の温かさが身に沁みました。有難う。
中等部の頃から関りがあった勝呂も今まで有難う。高校入学当初は逆足のヤクルトジャンプだった勝呂が、最後は大学バレー部でスタメンを張っているなんて想像も出来ませんでした。そして、何よりも感謝を伝えたいのは軍司。軍司がいなければ、大学バレー部に入部することさえ叶わず、中等部コーチとしての活動やプレイヤーとしてバレーボールに再び関わることも出来ませんでした。有難う。
最後に、中学時代から伝統ある普中戦でしのぎを削っていたライバル濱本。濱本のビーチバレーでの活躍は心から嬉しく、そして勇気を貰えました。中学時代は常にラインを踏んでいたバックアタックも、最後の慶関戦ではなぜか成功させたことには驚きつつ、悔しさも感じました。けれども、濱本がいたから最後まで選手として頑張ることが出来ました。有難う。

こうして4年間を振り返っていると、最後は結局プレイヤーに戻ってくるのかと、回り道をした気にもなりました。しかし、私にとってはこれが最適な道であったのだと胸を張れます。一度他競技に触れたからこそ、私はバレーボールが心の底から好きなのだと気づけました。中等部コーチとして生徒達に出会えたからこそ、人の成長に限界はないということを学べました。そして、これらの経験が人生に無駄なことなんてないのだと教えてくれました。これから社会人として歩みを進めていく中で、人生の岐路に立つことはあると思いますが、どの道を選んでも正解なんだと胸を張り、突き進んで行きたいと思います。

最後にはなりますが、この4年間支えて下さったOB、OGの皆さま、宗雲前監督、星谷監督、池野谷コーチ、部員の皆、一生忘れることのない日々をありがとうございました。そして、私が中等部生だった頃にバレーボールを教えて下さった先生方、市村先輩、吉村先輩、ありがとうございました。中等部バレー部の合宿は2度と忘れられない思い出となっていると共に、あの経験が私の10年間のバレーボールライフを常に支えていました。私にバレーボールを教えて下さり、本当にありがとうございました。
憧れの先輩方、大学バレー部の仲間たち、中等部コーチとして出会った生徒達、皆さんに出会えたことが私にとって一番の財産です。この競技を続けてきて良かった、戻ってきて良かったと言いきれる4年間となりました。今まで有難うございました。