男子

相対と絶対

商学部3年  立川 貴一

お世話になっております。商学部一年の立川です。10月も中旬へと差し掛かり寒露の季節となりました。寒露とはつゆが凍りつくような季節ということから命名されたそうです。露と言うと日本では消えやすいもの、儚いものの代表として昔から捉えられており、和歌などにも多く登場する用語ですね。

露に関する和歌と言えば源氏物語の主人公である光源氏の「ややもせば 消えをあらそふ 露の世に 遅れ先立つほど 経ずもがな」(ややもすると 消えるのを争うような 露のようなこの世で 遅れ先立つ事もなく 生死を共にしないものです)
という和歌が一番に思い出されます。
これは死期が迫る紫の上に当てて詠んだ歌で源氏物語の中でも屈指の名歌ですね。
そんな和歌の寂しさも身に染みる季節となりましたが皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

さて、突然ですがここで皆さんに質問をしてみます
皆さんがある本を買いたい時3つの選択肢があります。この中から一つ選択をしてください。

A 書籍版 1200円
B 電子書籍版 1000円
C書籍版+特別付録 1200円

さて、皆さんはどんな選択をされたでしょうか?
電子書籍が好きな人はBを選択したでしょうし電子書籍は苦手だって人はB以外を選択したでしょう。
さて、このような質問に対してはCと回答する人が非常に多いのです。
Cの劣化版であるAの存在によってCが相対的に良く見えるという現象です。これを俗におとり効果と言います。

人間は相対化する生き物です。上記の例以外にも最初に出会ったそのものの値段が基準となり意思決定に影響し続ける、アンカリング効果というものもあります。例を挙げると、家賃の高い地域に住んでる人は家賃の低い地域に引っ越しても同じだけの家賃を払い、家賃の低い地域の人は家賃の高い地域に引っ越しても同じだけの家賃しか払わないそうです。

このように人間は常に相対化し、比較することで価値判断をする生き物です。そもそも人間のアイデンティティの確立手段は他人から見た自分を見ることであります。そのため、人間は他人との比較無しにはアイデンティティの確立すら出来ません。(デカルトの「我思う故に我あり」という有名な名言は結局この発想に基づいています)今、コロナによって多くの大会が中止になって悲しいと言う感情も結局のところ過去と現在の比較があって初めて成り立つ感情なのです。(相対的な価値判断への良し悪しへの議論ではないです)辻先生の仰る「今、ここ、自分」でいることとは相対的な比較相手を無くそうと言う取り組みであると私は考えます。

相対的な尺度による比較こそが人類をここまで進化させたと言っても過言では無いのですが一方で自分の中での絶対的な価値尺度を持つ事も同じぐらい大切な事だと考えます。

さて、春リーグに続き秋リーグも中止で交流試合の開催にとどまるなど残念な出来事の連鎖が止まりません。シェイクスピアのハムレット第4幕に「When sorrows come, they come not single spices , but in battalions.」(悲しみは単独では来ず、必ず大挙してやってくる)という有名な言葉が出て来ますがとてもそれを痛感します。
新型コロナウイルスによる自粛ムードはしばらく続きそうで、今後も先行きが不透明なことや、期待を裏切られる事も多くあるでしょう。だからこそ、そう言う時は「今、ここ、自分」を意識する事で負の感情へと我々を誘う相対化の思考の割合を低くし、そうした事態に動じにくいマインドで各場面において最善の行動が出来るように気をつけてまいりますのでご支援のほど宜しくお願い致します。

PS
私事ながら本日10月9日は自分の人生を変えてくれたある大恩人の誕生日なのです。(その人がいなければ今自分は本塾に入学しておらずこの活動日誌を書いている事もなかったでしょう)そのため、感謝の意を込めてこちらでもお祝いさせていただきたいと思います。
お誕生日おめでとうございます!

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