シンガポールからのお便り

シンガポールからのお便り 
 
左から、藤澤先輩・橋口先輩・小林先輩・林先輩。
1.星の国、シンガポールからお便りをお送りします
【国の概要】
マレー半島の南端に位置し大小54の島から成る。主島シンガポール島は、東西42キロ、南北23キロで、淡路島ほどの島。赤道の北137キロの熱帯雨林気候に属し年間を通し高温多湿である。総人口は約330万人で、中国系77%、マレー系14%、インド系8%。公用語は、英語、中国語、マレー語、タミール語の4つ。各民族が、お互いに尊重しあいながら1つの社会を作り上げており、どの民族も自らを『シンガポーリアン』と呼んでいる。在留日本人は2万人強だが、毎年約100万人の日本人観光客が訪れる。セントーサ島、ナイトサファリ、ボタニックガーデン等の観光地だけでなく、ブランド品のショッピングや、世界各国の料理が揃っているのも大きな魅力。

【国の歴史】
13世紀末にスマトラの王子が、この地に上陸した際、白いタテガミの獅子<シンハー>を見つけ、この島を獅子の都<シンハ・プル>と名付けたとのこと。1819年に英国人ラッフルズ卿がジョホール王国より租借権を獲得、25年には英国東インド会社の管理、67年からは英国の直轄植民地に。太平洋戦争中の1942年に旧日本軍が一旦占領したが、終戦後45年に再び英国領に。59年に内政自治権を獲得し英国領自治国となり、63年にはマレーシア連邦を結成したが、65年に離脱し『シンガポール共和国』として独立した。当地に訪ねて来ることを『来星』という。中国語の『星』の発音が、『SIN』だからだそうだ。

2.小林伸介先輩からのメッセージ【1970年卒・東京マリン】
まずは現役の諸君に一言。春のリーグ戦で日本大学を破った快挙については、宗雲先生にメールを送って、現役を誉めてやって下さいとお願いしました。何故なら私の現役時代には、日大に勝った記憶がありません。日大には昭和44年秋の一部リーグ戦で2セットを先取して、これは勝てると思ったのもつかのま、3セットを連取されて負けた苦い思い出があります。今春の君達のリーグ戦は、この日大戦の勝利で、いいところまで行けると思ったのですが、結果は入替戦になってしまいましたね。この夏の合宿では、春の反省をして十分に練習をしたことと思いますので、秋のリーグ戦は期待しています。自分を信じてプレイすれば、きっと良い成績が残せるので、頑張ってください。

次に私の近況について述べます。本年7月1日より東京マリンの100%子会社であるTokyo Marine Asia の社長としてSingaporeに赴任しました。小さな会社ですが、社員の大半は自分の子供みたいに若い連中ですので、楽しく仕事をしております。幸いに赴任後に会社の成績も、7月、8月と良くなって来ており、これからが楽しみです。当地には橋口君、林君、藤澤君、そして私とバレーボール部OBが4名もいます。同時期に4名が駐在というのはめずらしいことと思います。特に橋口君とは2年間の部生活を共にしたので、旧交を温めています。また、当地には前の会社の後輩である市川典男君(塾出身で市川伊三夫先輩の甥)も赴任していて、遊び仲間には事欠きません。当地はSARS騒ぎも治まり(また始まりそうですが?)、食べ物も美味しいし、赤道直下とはいえ涼しい風が吹いておりますので、大変過ごしやすい処です。OBの方々当地にお越しの節は是非声を掛けて下さい。

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3.橋口陽一先輩からのメッセージ【1972年卒・旭硝子】

 昨年5月から、旭テクノビジョン社に勤務しています。ブラウン管用硝子を月間200万個製造しアジアを中心に販売しています。当工場では世界全体の総需要の約1割を生産中で、日本が空洞化する中、旭硝子の主力工場となっています。シンガポールには、偶然塾バレー部出身者が4人も揃いました。私の2年先輩の小林伸介さん、丁度10年後輩の林君、更に10年後輩の藤澤君です。また銀行や商事会社には、蹴球部・庭球部・ソッカー部等、塾体育会出身者が約20名駐在中で、公私共に楽しく交際しています。旭硝子の日本人派遣員は30名強ですが、塾体育会出身者が3名居ます。海外でのビジネスは、何と言っても人脈が重要で、お互い助け合っています。

毎朝出勤後に、塾バレー部のホームページを開くのが日課になっており、特にリーグ戦中は試合結果に一喜一憂しています。部員も30名を越えた様で、宗雲名監督の下、新たな隆盛期を迎える予感を感じています。昨年夏の米国遠征は、井原先輩の御尽力もあり大成功だったと聞いています。我々が居る内に、是非東南アジア遠征を計画して下さい。国立シンガポール大学や、当地バレーボール協会から、体育館提供や練習試合の内諾を得ています。諸先輩後輩・現役諸君の御来星、楽しみにお待ちしています。

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4.林 哲先輩からのメッセージ【1982年卒・三菱商事】
1982年卒の林 哲です。83年に三菱商事に入社以来、鉄鋼貿易一筋で、2001年5月よりシンガポールに駐在し、現在はメタルワンアジア(三菱商事と日商岩井の鉄鋼部門が統合して出来た会社)に勤務しています。現役時代72kg(180cm)だった体重は卒業後も成長を続け、現在では100kgを超えるに到っており、幸いに病気一つせず、ここまできましたが、減量が至上課題になっています。

さて、現役の皆さん、多くのOBの方が同じ感覚を持っておられると思いますが、大学時代のバレー部での経験(成功体験・失敗体験)は社会に出てからも大変大きな影響力(勿論プラスの)を持っています。今は、実感として分からないかもしれませんが、これは間違いなく100%保証できます。大袈裟に聞こえるかも知れませんが、一度の人生を「有意義」に「充実」したものにするためにも、「今」を大切に全力を尽くし、悔いのないバレー部生活をおくって下さい。いつかどこかで皆さんとお会いできることを楽しみにしています。

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5.藤沢昌彦先輩からのメッセージ【1992年卒・東京三菱銀行】
東京三菱銀行に勤務しております。シンガポールには1999年12月に赴任、はや3年9ヶ月が経ちました。ご存知の通り、ここシンガポールは毎日が夏、日本の様に四季は無いので、長く滞在すればする程、いつ何があったか記憶が段々と曖昧になってきます。恥ずかしながら、最近では、半年前の出来事を、半年前と正しく思い出せることが少なくなりつつあり(9ヶ月前?1年前?周囲にも同様ケース多数有り…大丈夫か)、先々懸念される状況です。

バレーは卒業後も続けており、今はシンガポール日本人会バレー部に所属、週一で練習しています(偉そうにPlaying Mangerを務めています。メンバーには大学時代体育会でやっていた連中も相応におり、そこそこのレベルかと思います。尤も主眼は練習後の飲み)。現役の皆さん、秋リーグ、頑張ってください。特に4年生は最後のリーグ、悔いなくぶつかってください。ご健闘を祈っています。又、是非一度、当地にお越しください。諸先輩共々万全の態勢でお待ちしています(確かに暑いですが夏の記念館よりは暑くないでしょう)。無論OBの方々も。

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