【Coaches’ Board】愚かなこと

先日の練習であった出来事。

4年生某選手の台上から打つサーブのフォームが少しヘンだったので(具体的には、右利きの選手なのに前に踏み出す足も右足)、「踏み出す足は反対だよ」「野球のピッチャーも右足を踏み出しながら右手では投げないよね?」とアドバイスをしました。時々、職場の高校生はバットの握り手が上下逆であったり、前述のような動作でサーブを打つ生徒がいるので、ごく自然にアドバイスをしたところ「分かってはいるんですけど、もっと強いボールが打てないか試行錯誤しているところです」と返事が来ました。そこで「ハッ」としました。この選手は先人からの教えの「正解」は理解しているものの、固定概念を持たずにさらに良い方法は無いか?と自ら考え模索しているのです。私はこの4年生より、ほんの数十年前にバレーボールに出会い「正解」を知っていただけなのにプロセスを無視して「それはこうだ!」と「正解だけ」を教えて(いる気になっている)いたのです。この4年生は先入観、固定概念に拘らず自らの疑問を自らの研究と実験でその「正解」を導こうとしていたのです。私はそうとも気づかず偉そうに「そうじゃないよ」を教えたのです。確かに、試行錯誤のフォームは滑稽でしたが「自らの疑問に取り組み解決する」経験を邪魔しようとしていたのです。

なんて愚かな事を。

スポーツは指導者にとっても選手にとっても「結果」はとても重要です。

しかし、人として、たった数年?数十年先を歩いていたからと言って、バレーボールのことは何でも知っているような態度で選手に「指導」をしてしまった行為は本当に愚かな事でした。4年生の彼は、まさに自分の頭で考え、工夫や失敗等と貴重な体験をしている最中だったからです。例えその先の「正解」が私の「正解」と一緒だったとしても、試行錯誤のプロセスを踏んだ彼は貴重な体験だったはずです。

指導者の中でこんな事を議論をすると「そんな悠長な事を言っていたら勝てないよ」と言われてしまうかもしれませんが、では、「正解」をすぐに教えてしまう事で毎年々々良い結果を生んでいるかと思うのです。ある程度の結果は「その他の要因」が大きいのではないのかとも思うのです。

私の考えは大学スポーツでは正統では無く異端かもしれませんが、もう少しで彼の貴重な人生経験の一部を無駄にするところでした。