【活動日誌】吉村はこんな感じでした(経4・吉村達比古)

失礼致します。
お世話になっております。
本年度、慶應義塾中等部バレー部のコーチを務めております、経済学部4年の吉村達比古です。バレーボールは高校から始めました。

早いもので、私にとって最後の活動日誌となりました。今まで読んでくださった方々、今までお世話になった沢山の方々、本当にありがとうございました。皆様の多大なる御指導のお陰で、私も少しは成長出来たかなと振り返りながら、最後の想いを綴らせて頂きます。

これまでの自分の活動日誌を見返したのですが、私の活動日誌は結局「コーチ活動があるのでリーグ戦には足を運べないのですが、本当に応援しています!」と「コーチだけでなく、塾バレー部にも還元していけるよう努力します!」の二刀流でした(笑)。そんな二刀流の中身を上手く変えつつ駆使してきたので、あまり自分について語る様なことはしてきませんでした(元々得意ではないのですが。)が、今回は最後という事で、私がこの4年間を何に捧げて、何と戦い、何を得て来たのかを、少しでも皆様にお伝え出来ればなと思っております。宜しければ、最後までお付き合い下さい。

私が指導をする慶應中等部バレー部には、男女2つのチームがあります。私の立場で言うのもなにやらおかしな話ですが、校内で最も厳しい部活動です。女子は1つの代で試合が出来るくらい、男子は1つの代だけでは試合が出来ないくらいの人数が毎年入部し、生徒はほとんどゼロの状態から皆バレーボールに取り組み、週3回の少ない練習の中で「都大会出場」を目指しています。
私は基本的には日頃の練習メニュー作成からチーム作り、どういう勝ち方を構築していくかまで先生から任せて頂いています。
結果としては、この4年間で男子は11年振り、女子は15年振りに都大会出場を果たすことが出来ました。

私が中等部バレー部のお手伝いを始めたのは、高校三年生の秋からです。当時のコーチである、塾バレー部OBの市村さん(H25卒)の下、「中等部バレー部の事」「中学生と関わるという事」「人の心を動かすという事」を間近で感じながら、こんなにも人としての成長を近くで見られる中等部バレー部の事が大好きになった反面、自分なんかにコーチが務まるのだろうか?市村さんみたいになれるのだろうか?と毎日思いながら過ごしていました。
数ヶ月の引き継ぎ期間を経て、大学に入学してからは私1人で30人強の人数に対峙するコーチ生活が始まりました。
本当に難しかった。何が難しかったかって、「勝手が分からないこと」にとても悩まされました。
冒頭に書きました通り、私は高校からバレーを始めました。中等部時代は坊主頭で野球をしていました。男子バレー部は人数不足により無かったので、、
とにかく、中等部バレー部がどういう組織なのかを知らない「部外者」が、指導者として今までの良き伝統を損なわずにどう自分なりに色を出していけば良いのか。下級生の頃の私の至上命題でした。
真面目かっ!と思われるかもしれませんが、自分のせいでバレー部が変わってしまうかもしれない重圧、さらには気持ちの共有が出来る人が居ない孤独な環境からの日々は、、なかなか刺激的でした。
さらに、私は優しい。優しすぎるんです。(笑)
今までの人生、人に厳しくしたり深く介入する事なんてほとんど無かった平和主義人間の私が、コーチとして生徒を叱ったり、厳しい口調で想いを伝えたり、生徒の感情を動かしたりする。コーチとして私はどう在れば良いのか。そんな自分の性格との戦いでもありました。

自分の根本を変えるようで、本当に難しかったですが、幸い私には教え子が居ました。私が止まると、生徒達も成長出来なくなってしまう。未熟な私の、試行錯誤を繰り返しながらの指導にも頑張って付いて来てくれる、とても愛おしい教え子達が居ました。そんな生徒達への愛情から、自分の殻を破る事に対し、立ち止まらず走り続けることが出来ました。
中学生は本当に可愛いです。何をしでかすか予想がつきません。純粋な想いをぶつけてくれます。自分の感情に素直です。発展途上で、沢山失敗をします。今まで合計90人程の教え子がいますが、全員が違う色を持っていて、それぞれに適した接し方があって、本当に面白い。
気付けば、試合の勝ち負けよりも人としての魅力を優先している私がいました。もちろんプレーの質や勝負事にも拘りますが、それ以上に、「こんな人間にはなって欲しくない。」そんな気持ちが先行するようになりました。
私に人間教育なんて大それた事は全く出来ません。
ただ、生徒と目線を合わせて一緒に考えたり気持ちを伝えたり、時には先生や保護者の方々の協力を得て生徒の成長を促したり。また時には自分の言葉で泣かせたはずなのに気付いたらもらい泣きして一緒に泣いていたり(笑)
生徒とはバレーボールの時間だけしか関わらないので、練習日以外の日に面談をして、この子は本当はどういう子なんだろう?を探ってみたり。(面談の時期は特に大学バレー部に顔を出すことが出来ずにすみませんでした。)
そういう努力は惜しみませんでした。努力なくして花は咲きませんから。

普通だったらほとんど同年代の人達としか関わらないような大学生時代に、私は幅広い年代や境遇の人と関わり合いながら「生徒の成長」と「都大会出場」を追いかけました。沢山の人と繋がりながら確固たる目標に向かったコーチでの経験は、私の今後に必ず活きるという予感?自信?があります。本当にありがとうございました。

それでも、體育會バレー部という恵まれた環境なくして自分のコーチとして成長は無いと考えています。體育會バレー部の名を借りて、指導のヒント探しに志木、SFC、女子高、幼稚舎などの一貫校に単身出向き、練習のお手伝いをさせて頂いた事もあります。何かのプレーの指導で悩んだ時は、大学の練習に行けば一流の先輩がいました。色んな指導法を知っている同期がいました。たまにしか来ない私を快く受け入れてくれる後輩達がいました。コーチを務めるなら體育會バレー部に入る、という選択をした事に、一切の悔いはないです。大変お世話になりました。

大学バレーと比べると随分スケールの小さな事を長々と書いてしまいましたが、これが私の4年間です。それ以上でも以下でもなく、リアルな私を伝えられたかなと感じております。
いつか今の教え子達も、私の愛情に気付いてくれたら良いなぁと少しだけ期待しながら、まだまだ自分の指導に満足できないので今年度最後まで全うしたいと思います。

皆様良いお年を。